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毒トカゲ期

僕が今よりも小さな子供のころ
目に見える夕日がもっと赤かったころ
僕は図書室の隅にいる。
ここは背の高い本棚の所為で暗く、夕方にはどこからともない夕日が差し込み、良い色を出す。
面白い本の無いこの一角は、まるで人気が無い。
試験が近くなればちらほら訪ねる者もいたけれど、今はシーズンオフだ。
本棚に背もたれ、片膝をかかえ、
倒れてきそうな本棚や梯子 暗闇の濃くなる部屋の角 差し込むオレンジの光を見ている
袋孤児に追い詰められたねずみのような気分になる
実際僕は、僕らを、そういうものだ、と思っていた。
僕はそこで薄暗闇に目を凝らし本を読んだ。
早い話がおちつく場所だったからだ。

穴場だと信じていても、他にもそんな風に思っていた人間がいるもので、
僕には新しい友人が1人出来た。
彼という少年はこれといって取り得もなく、僕も特別彼を気に入っていたわけではなかった。
けれど、なんとはなし、同じ場所に惹かれたもの同士多くの話をしていた。


彼は、よく歯列矯正の装置をからかわれていた。
そのたび、彼は気丈に、怒りをこめながら笑って言い返していたものだけれど、
本棚の袋孤児では泣いていた。
けれど、矯正器をはずす事はなかった。
なぜそうまでして歯の矯正なんかするのか、と僕はなげかける。
彼はうつむく。怒っているわけでも、泣いているのでもなく、ただ
「わからない。」
といった。
わからないけれど、きちんと矯正を終えるまでは、決してこれを取らないといった。
ならばなぜ泣くのか。僕は再度なげかける。
彼が言う。
「腹が立ったとき、喧嘩したり、暴力を振るうより、こっちの方がずっと簡単でしずかだからさ。
 ぼくはどうしようもなくなって泣くんじゃない。泣けば無くなる問題のためだけに泣くんだ」

なるほど、僕はそれは具合が良さそうだと思った。
けれど、僕は泣けなかった。
涙を流すこつがわからないので、いやな事があったときなどは目薬を注して条件付けを試みていたのだけれど、
少なくとも僕が飽きるまでの間では効果はなく、依然泣けない。


しばらくして、秋の頃、彼とはぱったり会わなくなった。
彼が図書室に来なくなったからで、僕は特に何も思わなかった。
突然なにかの当番にでもなったのだろう、とか、
そもそもあの場所に飽きるというような事は、子供なんだからあるんだろうと思った。
そうして彼と会わないまま1年とちょっとが過ぎて、
僕は掃除をしている。
何か燃やして面白いような材料も探せる事だし、進んでゴミ係を引き受ける。

石材で作られたニワトリ小屋のようなゴミ置き場
プリント類や食べ残し、壊れた椅子等のゴミに紛れ
極乱雑に歯列矯正の装置が捨ててあった。
それを見て、僕は、ああ、彼は死んだんだ、と、思う。
面白い事も、つまらない事も、
納得のいくともいかないとも、
僕らのしているすべての事、生死に大きく関わっている。
無論その歯列矯正器は、誰の物かしれないし、単に彼が矯正を終えたのかもわからない。
けれどあれが、僕がはじめて感じた『死』というものだった。


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今日はいつもより少し長く眠った。
僕は昨日、くじら君を殺した。

子猫を止めなかったの、僕だ。
くじら君をくじらにしてしまったのも、僕、僕の罪だ。
けれど僕を責めるものはいない。
それは、どこへいっても、大概はそうだ。
僕に悪意がなかった所為だろうか。

これということ、つまり、僕がどうしてあの時その道を選んだか、
そしてそれがどういう結末や後始末を残したか、ということについて、
僕は考えないべきである。
僕が是、非、を考えるということは、世の中の、善悪に水を注すようなことだ。
だから僕は、少しでも楽に考えないことをする為、長く眠った。
(といっても、僕は、元来あまり眠れない性質だ。)







「ケガをした子、集まったかい?」

「ケガ、というより、おなかが空いた。そのほうが大事だから、もうみんな狩りにでていったぜ」

「たくましいね」

「オレはイタイのきらいだからけんじを待ってたよ。けんじがおそおきなのはめずらしい」

「めずらしいね。どこを怪我したの?」

「両前足」

「すぐ終わるね。僕がひまなのはいいことだ」

「すぐに忙しくなる。ケンが死んだからまたボス権争いがはじまるよ」

「そうだねえ、バッタ君から見て、誰が有力候補だと思う?」

「よせ、滅多なこというと飛び火してくるぞ」

「はは、単なる予想だよ」


バッタ君の前足に手をかけ、マントに刻んだ術式でくるむ。
くじら君の墜落地点で昼寝をしている猫達の話し声がきこえた。







「トカゲ、ボス狙ったら?」

「おれ様が?やだ、やだ、やーだ なんでだよ」

「トカゲ、ボスになりたくないのか」

「部下をかかえるなんてめんどくさい事どーしてみんなしたがってるんだ?」

「命令をきかせられるのは、きっといい気分だろう」

「したっぱには、まぬけのやつがいっぱいいるんだ。そんなもんかかえて、
 おれ様の足が引っ張られる!と思うととりはだたつ」

「そんなら、なんでトカゲはトカゲなんて名前にするんだ。トカゲなんてもののボスにならなきゃだぞ」

「トカゲじゃねえ、毒トカゲだって言ってるだろォ!
 もちろん毒トカゲなんてもの、殺す。でも毒の材料になるからなあ、毒トカゲは。
 将来毒は独占市場だぜ、おれ様の」

「毒のなにがお前をひきつけるんだ」

「価値っての?おまえにゃーわかんないし、おまえにわかられたら、ライバルが増えるから教えることもにゃい」

「恋みたいだにゃ」

「気色わりーにゃ」










「トカゲ君は、ボス権争いに参加しないみたいだね」

「ああ、あいつは、自分勝手だから。ボスになられても困るよ」

「クマ君タカ君、ケン君は、どうだったの」

「自分勝手だねぇ」

「猫はたいがい、勝手だよ」

「猫の勝手とちがうんだよ、トカゲのは」

「そうなの?」

「あいつは、頭がおかしいんだよ。毒を吸い込んで、頭がやられたんだって」

「滅多なことを言うと、飛び火してくるよ」
僕は笑った。

「そうだ。ひみつにしろよ」

「うん。けれど、頭がおかしいって、一体どんなふうなの」

「さあ」

「えっ」

「わからない」

「わからないのか」







昼寝を終えた頭のおかしな猫は、先ほどまで自分が寝ていた枝に爪を剥くと
鈴生りに生ったグレープフルーツを片っ端から落とし、踏みつけた。
僕は昨日死んだ猫のことを思い出す。
子猫と彼の大きな違いは、彼がとても楽しそうにそれをするということだ。
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