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犬の鼻期

毛並み全てを後方に押しやり
鉄砲玉のように一匹の猫が飛び出す
そしてその猫のきばが毛を掻き分けのどもとに―

けんじはちょっと驚いたけれど、
特に身じろぎもしないで、そのまま脱力した。




「抵抗しないのか」

「君が僕を殺すのか、じゃれているのか、まだわからないから」

「ちぇ」

「何かようかい」




僕に噛み付いたのは、のら猫のくじら君。
まともにことばを交わすのは随分久しぶりだ。
最後に話したのは確かタカ君がクマ君をのして直ぐの頃で、
くじら君はずっとクマ君の側について、クマ君こそがボスの器だってもう一度クマ君に立ち上がってもらうようあれこれ働きかけていた。
けれどクマ君は日向ぼっこばかりしているって、ボスにふさわしいのにって、
ミケ君と僕が話している所に落ち込みにきたんだった。
あの時、落ち込んでいたけれど、くじら君は人当りの良い話しやすい子だった。
ミケ君が、くじらとオイラは仲がいい、って言っていたけれど
あれ以来くじら君が訪ねて来ることはなかった(僕が居合わせてなかっただけかな?)
あと、茶色い猫だった。

僕は、実際嬉しい気持ちだったし
何かようかい、と愛想よく答えたつもりだったが、くじら君は邪魔くさそうに顔をしかめた。



「ようがなきゃ会話もしないのか」

「あれ」
意外だ。
「そう思っているのは君のほうかと思っていた。そうでないなら、嬉しいな」


「よせよな、そういう喋り方」


困ってしまった。
くじら君、不機嫌とも違うのに、ことばがとげとげしい。

そもそもほかの猫達には割と好かれていると思うが、
のら達は僕を利用しているだけという感じがある。
のら達の遊びは過激で僕はついて行けないし、彼らは彼らの世界を楽しんで、ミケ君のように「未知」を求めるようなことがあまり無い。
ケガを治療する時、悪たくみの添削、そんな時にごくあっさりとした付き合いがあるだけで―
まあ、僕のあり方というのはそういうつもりだから、つかってもらって大いに結構なのだけれど、
あやまるとつけ上がるぞ、奴ら、と思った
が、
へそを曲げられて彼が話したかったことを聞き出せない方が悪い道か。




「ごめんなさい」

「あやまるなよな…」




困ってしまった。




「…帰るわ」

「帰るな」

「え?」

「あ、いや、ミケ君達が焼いたカステラがあるよ。
 持っていきなよ」

「マズイんだろ?」

「はは、知ってるかぁ」


愛想よくしようとすると、くじら君は狭い額をぎゅっとする。
のらっていうのはそういう感じかなあ。
のら同士で会話するのを眺めるぶんには彼らはよく笑うのに





「僕が笑うのは気分が悪い?」

くじら君は口をはっとあけて、だけど一呼吸おいたら
それを飲み込んだ。

「…そう見えたか?」

「うん」

「タカがそう言ったんだ」

「にゃ」
やだな。タカ君は僕が気に入らなかったのか

「愛想笑いすんじゃねぇってさ。前足の内側に傷があるんだ。深いの」

「あ、なるほど。」
「確かにくじら君前と雰囲気変わったよ」

「それは…」


今日話したくてきたことだ、と、
ため息を吐いたと思うと、丁度風が吹いて、それら二つはさりげなくまじりどっちでもないものになる。



「…ケンのことさ」

「ケン君?」

「この所ののらではさ、ケンを悪く言うのが聞こえて、辛い」

「へぇ…」

「そのせいさ。それ、誰かに言いたかっただけだ。」

「そうか。僕ちゃんと聞いたよ。
 けれど、どうして?」


「オレが言ったんだ。
 ケンにもボスになる権利があるって言った。
 その時は良かれと思ってやったんだ」






そしてやっぱり、ケンは誰よりも強かった。
ボスを名乗り出るもの達を次々と倒し、ケンはボスになった。

ケンはボスになったのに


「ケンは強いのに…大きいのに…負けた奴らが負け惜しみいってるだけなのに。
 前は…前はタカが白い毛なんか混じってボスになって、
 ぶつくさ言う奴は沢山いたのに、結局皆タカに頭は上がらなかった。
 どうしてケンは…」
「頭が悪いということがそんなにもわるいことなのか」

「…きっと違うよ、タカにはボスの才覚があったんだ」

くじら君は何かを払うようにぶんぶん首を振った。

「なぐさめるな!」

「僕は…僕が君を?わるく言われてるのはケン君だ」

「そうだ、そうだ、そうだ!ケンをなぐさめるな!
 お前なんかに、お前はボスじゃないのに!」

「くじら君は他人の為に傷つくのか」

「―え?」


くじら君は逆立てたしっぽの毛を急にすぼめて小さくなってしまった
きばをしまって、声は弱弱しく。




「けんじ、強くなるにはどうしたらいい?」

「強くなるの」

「黒くて、大きくて、強くなるんだ!誰にも文句を言わせないよ…」



ああそうか、それでくじら君は急に。体毛そったりするんだ。
傷だらけで痛ましいのに、体を黒くし、強くなり、でも―
大きくはなれないのか、もう彼は成猫だから



「友達を悪く言われると辛いよね」

「そんなんじゃない…」
「信念さ…価値だ… 大きいのが偉いんだ
 タカは…強いのが偉いって
 気高さを知っている奴は皆そうだ
 いちばんの価値をけがされるわけにはいかないんだ
 タカはそうして皆を自分の価値の前にひざまずかせた
 オレには…」
オレは、卑怯者かもしれない。
誰かのように、卑怯をよしとする心すら備わっていない。
自分の価値と繋がるクマやケンを後ろから応援するだけで
何かを成し遂げたいだなんて
ケンだって
ボスになんて…



「くじら君は、どうして愛想を忘れたの?」

「なに」

「似合ってるからさ、」

「やめろ」

「やめる。」
(君はクマ君の後押しをしていたのにタカ君の価値観に従うの?)
(…)
「本当にタカ君は影響力が強い子だったね」

「タカの後だからケンはこんな風になるんだって?」

「いや…」







「けんじ、鯨になる方法ってないのか」

「くじら」

「鯨…!」

「それ、小さい鯨じゃ…駄目なんだよね」

「あるのか!?」
「あるなら!あるなら教えてくれ!」


「たのむよ…」


僕は困ってしまった。

猫たちが定着する為の体は僕が用意している。
猫の体がみつからなければ人やその他の生き物を拾い、こちらで猫に作り変え与えた。猫たちには体を作り変える力がない。
生きていようが死んでいようが、形をある程度作り変えるくらいの事なら可能だ
けれど、鯨の体を作るとなると…
タカくんやクマくん、サメくんには、体自身に技が宿っているような―特別な体を使って貰っていた。
戦の場や意思の面で、先頭に立ち命知らずののら達を導いてくれるからだ。
あの体なら加削性に富み密度が濃い物だから、引き伸ばせば或いはと思う
けれどくじら君は…
特別力があるわけでも、特別知恵があるわけでも、特別人望があるわけでも、ない。
くじら君は特別扱いは出来ない。
自分で言って嫌な気持ちになる。



















のら達が動かなくなったケン君を見つけたのは次の日の夕方だった。
ケン君は鳥を追い駆けて、崖から落っこちたらしい。
騒ぎを聞きつけた猫達が集まってきてそこらはにわかに騒がしくなる
―あいつほんとにバカだな
―狩の基本もあったもんじゃない
そんなことばが聞こえていた。
僕にはくじら君の方を見る勇気がなかった。


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