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鯨吼期
誰かがぼくの体を舐めている。
心地よい気分で目が覚めると、そばには傷だらけの子猫がいて、
そいつの血の色を見ると急に色々が思い出され、体に激痛が走った。
ぼくは何か声をかけようと思ったけれど、何も言葉が思いつかないで
体はまた震えだした。
「ほら」
小さなカエルを一匹、ちゃんとトドメを刺してからさしだす。
けれども子猫は手をつけない。
「ほら!」
子猫の小さな口元へ近づけても、臭いを嗅ぎもしない。
ぼくもこいつも、ごはんどきの食事前にこんなことになったのだから
お腹は絶対空いているはずなのに。
「何だったら食べたい?」
格好をつけても、何か欲しい物を言われたってぼくが用意できるとは思えない。
子猫は黙って地面をにらんでいて、なんだか凄く虚しくなった。
ぼくはおなかが空いているのでカエルを食べた。腹の足しにもならなかった。
でも、狩りに出かけるような体力もないし、そもそもぼくは狩りができない
その都度てきとうな嘘をふいて、はぐらかしてきただけで、まだ狩りができないのだ。
お腹を見せるとか、可愛くなくとか、甘える以外に食べ物を得る方法を知らない
ずうっとママに甘えてきて、のらになってからはやっぱり他ののらに甘えていた。
だれかにまもられていないと、食べていられないぼく、
そんなぼくが、こんな子猫、まもれるとおもえない。
「…ミミズ」
「ミミズ!?つ、土をほれば…」
「…ミミズ、しんだの?」
「ざまあみろだ」
ぼくは子猫を一発殴った。
そういえば、のら達はみんな時々そこらの雑草を食べていた
けれど、どうしてそれを食べるのか、そしてどんな草を選ぶのか
聞くと馬鹿にされると思ったから、今でもぼくはそれを知らない。
ぼくは試しにそばに生えていたクローバー草をひとくち噛んでみる。
形が可愛いから、これならはずさないだろうと思ったのだけれど、
苦いようなすっぱいような刺激に舌の奥の方がびりっとして、たまらなかった。
当然お腹はふくれないし、これ以上食べる気がしない。
ぼくは、ぼく用に味付けをうすくしたハムや生魚を使ったサラダの味や、
残り物のスープでふやかしたパイの味を思い出した。
悲しそうになけばいつでも人がかけつけてきて、
あっためた毛布でくるんでくれたり、ちいさなおもちゃで遊んでくれたり、
さまざまなおいしいものや、優しい言葉をくれていた。
けれどぼくは、他の猫たちのように『かしずかれ暮らしている』と思ったことはなかった。
ぼくは、自分を、ママのための永遠の赤ちゃんなんだろうと思っていた。
ぼくの部屋には、ぼくが遊べないような大きなおもちゃが沢山ある。
はじめぼく用の小さなベッドからは、ぼくじゃない奴の臭いがしていたし、
暖炉のある部屋には、ちょうどベッドに見合うくらいの大きさの奴が
ママと一緒に写真に写っている、それがいくつも飾られていた。
当時は、まだにんげんの言葉はよくわからなかったけれど、
そいつについて話す時だけは、ぼくがどんなにないてもみんな振り向きもしてくれなかった。
「なくなよ」
子猫は助けを呼ぶ声でミャーミャーないている。
「ぼくだってなきたい」
気付くとぼくら二匹はないていた。
草に水がはじいて、雨の音がした。
先になきやんだのはちびのほうだった。
子猫はふらふら立ち上がると、レオから離れ、一人でどこかへ行こうとする。
レオは慌てて子猫の首根っこを捕えた。
「そんなケガで、長く生きちゃいられないよ。
ぼくもきみも、けんじの所へ行かなくちゃ」
多分あいつは、のらじゃないふぬけの猫たちのところにいる。
じゃなきゃあ、あいつも怪物にくわれたんだ。
ぼくはちょっと、もしかしたらふぬけの猫たちは食料をいっぱい持っているんじゃないかとおもったけれど、すぐにその考えを振り払う。
ふぬけの猫たちに助けを求めるわけにはいかない。
あんなやつらと親しくしたら、ましてや世話なんかしてもらったら、馬鹿にされるに決まってる。
…
でも、こいつは、この子猫は、のらでもなんでもないんだろう。
ふぬけの猫の仲間入りしたって、ぼくはこいつのことなんかどうでもいいし、だれも責めやしない。
ぼくは子猫をくわえて歩き出した。
こんな重たい物のくわえかた、うまくわからないで、何度も口からずり落ちた。
------------------------------------------------------------
「やあ、いいにおいだね」
「あっ けんじ!」
「クレープを焼いてるんだよ。たべていくだろ!」
「クレープ?」
「カステラはね、分厚いからいっぱい毛が入っちゃうんだ。
薄いクレープだったら毛がはいってるとこ見えてチョイチョイって爪でとりのぞける」
「へぇー おいしいのかい?」
「おいしいよ。ジャム、チョコレート、チーズなんかがあるよ」
「君たち、チョコレート食べるの?」
「そりゃあ食べるさ。けんじ、のら猫見たいに黒いからってくわず嫌いは勿体無いぜ。あれはおいしいよ」
「やぁ、そういうことじゃなくて…体調とか変わりない?」
「にゃ?」
「ううん、元気なら良いんだ。でも体調わるくなったらすぐに僕を呼んでね」
「?うん。でもさあ、毛が入るのがいやっていうなら、全身の毛を剃ればいいんじゃない」
「くじらみたいに?やだよぉ。あいつキズだらけだったじゃん」
「それにかっこわりぃよ、鶏肉みたいで」
くじら…
「大きな魚のかげを見なかった?」
「大きな魚がいるの?」
「そうだねえ、もっとずっと遠くに一匹ね」
「いいなあ、食べたいなあ、そういえばおさかな、随分食べてない気がするや」
「にぼしならあるけどね」
「大きすぎて食べられるどころか皆ひとくちで食べられちゃうよ」
「それは怖いね」
「うん。だから、星の光があんまり陰るようなら頑丈そうな洞穴に見を隠すとか、遠くへ逃げるようにね」
「空を飛ぶの?」
「そうだねえ」
心地よい気分で目が覚めると、そばには傷だらけの子猫がいて、
そいつの血の色を見ると急に色々が思い出され、体に激痛が走った。
ぼくは何か声をかけようと思ったけれど、何も言葉が思いつかないで
体はまた震えだした。
「ほら」
小さなカエルを一匹、ちゃんとトドメを刺してからさしだす。
けれども子猫は手をつけない。
「ほら!」
子猫の小さな口元へ近づけても、臭いを嗅ぎもしない。
ぼくもこいつも、ごはんどきの食事前にこんなことになったのだから
お腹は絶対空いているはずなのに。
「何だったら食べたい?」
格好をつけても、何か欲しい物を言われたってぼくが用意できるとは思えない。
子猫は黙って地面をにらんでいて、なんだか凄く虚しくなった。
ぼくはおなかが空いているのでカエルを食べた。腹の足しにもならなかった。
でも、狩りに出かけるような体力もないし、そもそもぼくは狩りができない
その都度てきとうな嘘をふいて、はぐらかしてきただけで、まだ狩りができないのだ。
お腹を見せるとか、可愛くなくとか、甘える以外に食べ物を得る方法を知らない
ずうっとママに甘えてきて、のらになってからはやっぱり他ののらに甘えていた。
だれかにまもられていないと、食べていられないぼく、
そんなぼくが、こんな子猫、まもれるとおもえない。
「…ミミズ」
「ミミズ!?つ、土をほれば…」
「…ミミズ、しんだの?」
「ざまあみろだ」
ぼくは子猫を一発殴った。
そういえば、のら達はみんな時々そこらの雑草を食べていた
けれど、どうしてそれを食べるのか、そしてどんな草を選ぶのか
聞くと馬鹿にされると思ったから、今でもぼくはそれを知らない。
ぼくは試しにそばに生えていたクローバー草をひとくち噛んでみる。
形が可愛いから、これならはずさないだろうと思ったのだけれど、
苦いようなすっぱいような刺激に舌の奥の方がびりっとして、たまらなかった。
当然お腹はふくれないし、これ以上食べる気がしない。
ぼくは、ぼく用に味付けをうすくしたハムや生魚を使ったサラダの味や、
残り物のスープでふやかしたパイの味を思い出した。
悲しそうになけばいつでも人がかけつけてきて、
あっためた毛布でくるんでくれたり、ちいさなおもちゃで遊んでくれたり、
さまざまなおいしいものや、優しい言葉をくれていた。
けれどぼくは、他の猫たちのように『かしずかれ暮らしている』と思ったことはなかった。
ぼくは、自分を、ママのための永遠の赤ちゃんなんだろうと思っていた。
ぼくの部屋には、ぼくが遊べないような大きなおもちゃが沢山ある。
はじめぼく用の小さなベッドからは、ぼくじゃない奴の臭いがしていたし、
暖炉のある部屋には、ちょうどベッドに見合うくらいの大きさの奴が
ママと一緒に写真に写っている、それがいくつも飾られていた。
当時は、まだにんげんの言葉はよくわからなかったけれど、
そいつについて話す時だけは、ぼくがどんなにないてもみんな振り向きもしてくれなかった。
「なくなよ」
子猫は助けを呼ぶ声でミャーミャーないている。
「ぼくだってなきたい」
気付くとぼくら二匹はないていた。
草に水がはじいて、雨の音がした。
先になきやんだのはちびのほうだった。
子猫はふらふら立ち上がると、レオから離れ、一人でどこかへ行こうとする。
レオは慌てて子猫の首根っこを捕えた。
「そんなケガで、長く生きちゃいられないよ。
ぼくもきみも、けんじの所へ行かなくちゃ」
多分あいつは、のらじゃないふぬけの猫たちのところにいる。
じゃなきゃあ、あいつも怪物にくわれたんだ。
ぼくはちょっと、もしかしたらふぬけの猫たちは食料をいっぱい持っているんじゃないかとおもったけれど、すぐにその考えを振り払う。
ふぬけの猫たちに助けを求めるわけにはいかない。
あんなやつらと親しくしたら、ましてや世話なんかしてもらったら、馬鹿にされるに決まってる。
…
でも、こいつは、この子猫は、のらでもなんでもないんだろう。
ふぬけの猫の仲間入りしたって、ぼくはこいつのことなんかどうでもいいし、だれも責めやしない。
ぼくは子猫をくわえて歩き出した。
こんな重たい物のくわえかた、うまくわからないで、何度も口からずり落ちた。
------------------------------------------------------------
「やあ、いいにおいだね」
「あっ けんじ!」
「クレープを焼いてるんだよ。たべていくだろ!」
「クレープ?」
「カステラはね、分厚いからいっぱい毛が入っちゃうんだ。
薄いクレープだったら毛がはいってるとこ見えてチョイチョイって爪でとりのぞける」
「へぇー おいしいのかい?」
「おいしいよ。ジャム、チョコレート、チーズなんかがあるよ」
「君たち、チョコレート食べるの?」
「そりゃあ食べるさ。けんじ、のら猫見たいに黒いからってくわず嫌いは勿体無いぜ。あれはおいしいよ」
「やぁ、そういうことじゃなくて…体調とか変わりない?」
「にゃ?」
「ううん、元気なら良いんだ。でも体調わるくなったらすぐに僕を呼んでね」
「?うん。でもさあ、毛が入るのがいやっていうなら、全身の毛を剃ればいいんじゃない」
「くじらみたいに?やだよぉ。あいつキズだらけだったじゃん」
「それにかっこわりぃよ、鶏肉みたいで」
くじら…
「大きな魚のかげを見なかった?」
「大きな魚がいるの?」
「そうだねえ、もっとずっと遠くに一匹ね」
「いいなあ、食べたいなあ、そういえばおさかな、随分食べてない気がするや」
「にぼしならあるけどね」
「大きすぎて食べられるどころか皆ひとくちで食べられちゃうよ」
「それは怖いね」
「うん。だから、星の光があんまり陰るようなら頑丈そうな洞穴に見を隠すとか、遠くへ逃げるようにね」
「空を飛ぶの?」
「そうだねえ」
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